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・四国霊場・善通寺
 
 
四国霊場 善通寺    香川県善通寺市 2010年 9月21日
弘法大師生誕所 総本山・善通寺

済世橋
善通寺裏の駐車場から西院にかかる橋。昭和54年に、駐車場からの
入口となる唐風の門「正覚門(しょうがくもん)」と共に建設されました。

「正覚門(しょうがくもん)」
正覚門から済世橋越しに香色山・筆ノ山を望む
 

西院(誕生院)

総面積約45,000平方メートルに及ぶ広大な境内は、「伽藍」と称される東院、「誕生院」と称される西院の東西二院に分かれています。金堂、五重塔などが建ち並ぶ「伽藍」は、創建時以来の寺域、御影堂を中心とする「誕生院」は、弘法大師が御誕生された佐伯家の邸宅地にあたり、ともに弘法大師御誕生所としての由縁を今に伝えています。





御影堂
弘法大師がご誕生された佐伯家の邸宅地に建っています。
御影堂の地下には、約100メートルの「戒壇めぐり」があり、
暗闇の中、宝号を唱えながら大師と結縁する道場になっています。




産湯井
お大師さまが誕生された砌に用いられた産湯の井戸です。
御影堂奥殿横の小堂の内にあります。


護摩堂
不動明王をおまつりするお堂で、また、不動明王へ
祈りを捧げるための護摩を修する道場

聖霊殿
昭和15年に戦没英霊の遺骨奉安のための
「忠霊堂(ちゅうれいどう)」として建てられました



親鸞堂
浄土真宗の開祖、親鸞聖人の御尊像を安置しているお堂です。
この尊像は「鎌田の御影」とも云い、聖人は、その師・法然上人が
詣でられた逆修供養塔も建てられた善通寺に詣りたいという願
いを果たせず、その願望を込め御自作されたと伝わっています。



仁王門
西院の正門。門の外側左右には金剛力士像が立ち、
内側には大草履が奉安されています。この仁王門に
かかる門前の石橋は、昔は毎月20日にのみ通行できた
ということから「廿日橋(はつかばし)」といいます。

 
東院〜伽藍
金堂
善通寺の本堂。創建時の金堂は、永禄元年(1558)、三好実休の
兵火によって焼失し現在の建物は、元禄年間(1688-1704)に
再建されたものです。
五重塔
総高45メートルに及ぶ大塔で、善通寺のシンボルとして、広く人々に
親しまれています。創建以来、大風や火災により、いくたびかの倒壊・
焼失を経ましたが、そのたびに再建されました。
大楠
南大門横と五社明神にある2本の楠は、いずれも樹齢1000年を越え、
お大師さま幼少の頃、そして善通寺創建当時を偲ばせる大木です。
常行堂(釈迦堂)
釈迦如来を安置することから「釈迦堂」とも云います。現在の建物は、
元は延宝年間建立の御影堂でしたが、天保年間の御影堂改築に
あたり現在の場所へ移転されたものです。
佐伯祖廟(左側)と中門
お大師さまの父君善通公「佐伯明神」と
母君玉寄御前「玉寄明神」をお祀りしています。
南門
善通寺の正門。金堂と同じく、永禄元年(1558)の兵火によって焼失し、
長らく再建されませんでした。現在の建物は、日露戦争戦捷記念として
再建されました。

観智院
大同二年弘法大師が創建。善通寺が最盛期だった弘安年間には、
四十九の塔頭が散在していたが、当院はその時、十善坊と称し、
寺内塔頭の筆頭として、一山の寺務を掌握していた。中世に入って、
現在の院号に改められた。本尊の観音は子安観音と呼ばれ、
高松藩主松平公の側女が尼となって住んでいた庵のご本尊を
移したものと言われる。大正二年火災に遭い、十四年に再建されて
現在に至っている。
弘法大師修業像
大師の修業像は昭和9年大師一千百年御遠忌の時に建立され周囲の
石仏は四国八十八ヶ所の御本尊を配し各地のお砂が埋められていて、
この像のまわりを一周すると八十八ヶ所を巡拝した功徳がある