私の生き方、考え方 【 2003年に思うこと 】

今感じている 【 私の生き方、考え方 】 を書き留めてみました。 (7月30日 更新)

  1. 【 不整脈 】

  2. 【 政治家の責任 】について

  3. 【 義父の葬儀 】に直面し思うこと

  4. 【 2003年賀状 】

  5. 私の考える [ デイケアサービスの仕事 ] とは



★ 【 不整脈 】

 昨年の夏頃から不整脈を顕著に感じるようになり、何度か心電図を採ってみましたが、
短時間の測定では異常波形が観測されませんでした。
ところが今年の定期検診時、たまたま心電図に異常波形が観測され、早速循環器科の
クリニックで診察を受けたところ、ホルター心電図(24時間)の観察結果 ( 総心拍数=
約10万拍 ) で
   心室性不整脈が261回=(単発245回、2連発12回、3連発以上4回)、
   上室性不整脈が269回=(単発240回、2連発12回、3連発以上17回)
発生していることが判明しました。
不整脈

 心室性不整脈の発生状況は上図に示す通りですが、これを見ると夜寝ている時に
多発していることが分かります。
特に連続して発生する不整脈は問題であり、取りあえず服薬にて経過観察することに
なりました。(8月23日 更新)


★ 【 政治家の責任 】について

(1)政治家の責任 (7月30日 更新)
 政治家は国民の代表として国の政を司る訳だから、悪いことに関与したりその疑いを掛けられた場合には、国民の代表としての 地位を捨て、その清浄化に努めるべきと思う。 その地位に留まって清浄化に努めるなど虫が良過ぎる。  日本は国のトップを司る者がそんなことだから、大人も子供も悪いことをしても、責任を取る必要がないと感じる国民が 増えてしまうのではないだろうか。
 また、民間の会社は経営が苦しくなると、その建て直しのためにリストラ等を含め必死になって経営の再建に努力する。  国はなぜ政治家の削減や、公務員の多過ぎる年金の削減を考えないのであろうか。

(2)氾濫する情報
 凶悪犯罪の若年少化は、世に氾濫する情報過多に問題があるのではないだろうか。 青少年の犯罪が発生すると直ぐに 教育の在り方が問題視されるが、学校や家庭の教育では制御しきれない程、世間には子供達でも手の届く所に情報が氾濫 し過ぎてはいないのだろうか。性犯罪もしかり。 成熟しきれない国民の前に自由という名の下に何もかも解放した責任、 マスコミの行き過ぎが目立つ報道・偏った報道に歯止めを掛けられない責任は政治家にありはしないのか。
 またIT時代と銘打ってメールやインターネットを無制限に普及させ、犯罪の引き金を作った責任も政治にあるのでは ないだろうか。

(3)携帯電話の普及
 携帯電話を開発する際、医療機器への影響・迷惑メール・盗撮などメーカ側は事前に予知及び検証ができなかったのだ ろうか。 マナーに関し未成熟な日本人にモラルのみで解決しようとしても無理がある。 販売戦略のみを重視し機能を 付加することしか考えない企業のモラルは、どうなっているのだろうか。  それにしても電車の中で、いい歳をした大人が男も女も、人の迷惑を顧みず足を組んだり、電話やメールをしたりする 姿を見掛けることが何と多いことか。 場合によっては母子一緒に電話をしている者もいる始末で、一体子供に対しどう いう教育をしているのか呆れるばかりである。 (7月30日 更新)


★ 【 義父の葬儀 】に直面し思うこと

(3) 「 住職の教え!!」
 亡くなった人の考え・思いを背負う = 自分のみの考えに留まらず、亡くなった人ならばどう思うかを考えることにより、 自分が一回り大きくなり、且つ亡くなった人も生きてくる。 (5月24日)

(2) 「 日本の文化 ( お葬式 )」
 棺を家から送り出す時、玄関からではなく庭からと聞かされたことがある。
葬儀社によっては、住宅事情もあるのであろうが、そんなことは全く気にしない。
こちらも何故そういう慣習になったのか、その知識がないため、どうすべきかの判断ができない。
また出棺の際の棺の蓋を、親族のものが釘打ちをした経験があるが、する側の気持ちとしては最後に封じ込める行為が 何とも辛い気持ちにさせる。 この習慣に関しても知識がないため、残された人たちの感情を優先すべきか判断に苦しむ。
 何故そういう習慣になったのか、その謂われに関する知識が無いまま、現代人の感情や合理性だけで、 日本のお葬式という文化がここでも次第に消え去っていっている。 (5月24日)

(1) 「 医学の進歩 」
 病院に入院していた義父の様態が急変し、5月21日午前1時24分に心不全のため亡くなった (享年84才であった)。
心臓を取り巻く冠動脈のうち一本が完全に詰まり、他の二本も75%の詰まりがあったため、いつ何が起こっても仕方がない 状態ではあったのだが、それまでの元気さを考えると退院間近と言われていた本人も、また廻りの者もまさかこんなことに なるとは思いもしなかった。
実は今年になって義父は胃ガンが発見され、高齢のため手術はせずに薬で治療することになり、2ヶ月程入院したことがあった。
抗ガン剤の副作用の影響が体を異常に衰退させた様子で、ゴールデンウィーク中に倒れ救急車で運ばれ、 連休明けに精密検査を受けると、かなり前から心臓を取り巻く冠動脈が詰まっていて、既にカテーテルを用いて詰まりを 解消させる治療を試してみても、詰まりをこじ開けることができない状態であった。

もしを言っても仕方がないことではあるが、副作用の影響が強い抗ガン剤投与の治療時、83才にもなる高齢者に対し、 通り一遍の検査ではなく、精密検査を実施し心臓の状態が発見されていたならば、弱い所には特に強く副作用の影響が現れる 抗ガン剤による治療をすべきであったか、十二分に判断できたのではなかろうか。 真に後悔先に立たずである。

 現代の医学はかなりの進歩を遂げ、平均寿命の高齢化に多いに貢献している。
しかしながら医療が細分化し、医師が専任化することにより、担当した病の治癒のみに気を遣い、その治癒のため他に及ぼす 影響を疎かにしてはいないであろうか。 単純に患者が若者か高齢者かによっても、当然検査内容が違ってしかるべきではないのか。  その患者の状況把握を疎かにし過ぎてはいないだろうか。
義父を亡くした悲しみの余りの、チョットした思い過ごしであれば幸いですが...。 (5月22日)


★ 【 2003年賀状 】


      2003年の新年を迎え皆様のご健康と    
               ご多幸をお祈り申し上げます。

    私は昨年、長年勤めたコンピュータ関係の仕事に思い切って終止符を打ち、介護
  福祉の世界に飛び込んでみましたが、講師の先生方の経験談や志を同じくする大先
  輩のお話を聞いて、自分の狭かった視野が拡がった思いがします。
    実際に介護の仕事に携わって、多くの問題を抱えていることも認識できましたが、
  現在デイケアサービスの施設で 「人としての幸せ」 を求めて奮闘中です。
  お世話している利用者さんの中には 日に日に老いて行く姿が見受けられる方もあり、
  痴呆のある鬱な利用者さんを何とかしたい等、自分には無かったものが得られそうな
  この仕事で、利用者さんたちの「ありがとう」の笑顔に応えることができるよう頑張って
  みようと思っています。
    今後とも ご指導ご鞭撻の程 宜しくお願い致します。

          平成 15年 1月 1日

スカシテンジクダイ
クマノミとスカシテンジクダイの群れ ( 沖縄・渡嘉敷島にて 11月 撮影 )


★ 私の考える [ デイケアサービスの仕事 ] とは

 デイケアの仕事とは、(1)「在宅介護者の負担軽減」 と (2)「一人暮らしの方への支援」が大きな役割と考えます。
つまり、「地域の支援活動をされている方々&グループの協力を得て、デイケアでの役割を計画的に実行し、継続的改善を図りながら 利用者さん各々の[ 生活の質の向上 ]を支援・サポートすること」 ではないかと考えています。
具体的には(1)外の空気・社会との触れ合い (2)リハビリ・物作り活動への参加等で、 利用者さんの自立の支援・日常生活の質の向上を目指すことになると思います。 

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