私の生き方、考え方 【 21世紀に思うこと 】

今感じている 【 21世紀に思うこと 】 を取り敢えず書き留めてみました。(2001年1月8日更新)

  1. 滅びゆく日本(自然破壊)、そして地球を滅ぼす日本(森林破壊)

  2. 大事なものを失っている「豊かな」暮らし

  3. エネルギーの無駄使いと原子力エネルギーは犯罪

  4. 世界平和への日本の役割と21世紀の私たちの役割

  5. 21世紀に思うこと 【2001年バージョン Part2】へ

★ 【 21世紀に思うこと 】

クマノミ 21世紀の幕開けはスキューバーダイビングから始まりました。
昨年ミレニアムの年の記念にと伊豆河津の別荘から歩いていける 「サーフサイド菖蒲沢」でスキューバーダイビングに挑戦し、 夫婦でアドバンス資格を取得しました。
初めて海の中の世界を体験し、その美しさ楽しさハマッています。
テンスの幼魚
2001年1月 クマノミ
2001年1月 テンスの幼魚

★ 滅びゆく日本(自然破壊)、そして地球を滅ぼす日本(森林破壊)

便利さを追い求め自然を破壊し続ける日本は、そのうち滅んでゆくことになるでしょう。
動植物の生態系を破壊する開発(将来展望のない政策)。 そして、他人の家に土足で入り込むがごとく自然の奥深く入り込み、 挙げ句の果てに人が入り込んだところはゴミの山と化す(モラルの欠如)。
日本の象徴である、あの美しい富士山が世界遺産に登録されなかった理由は、 富士山に捨てられたゴミの山にあるというから、それこそ日本を象徴していると言わざるを得ない。
富士山に限らず山の汚物処理の問題が、景観を害するだけでなく動植物の生態系に悪影響を与えるということで 環境面からクローズアップされている。問題解決への道のりは遠いが、 ゴミの持ち帰りなど登山者自身の努力やモラルアップが必要となっている。
海の中は、地上よりまだ自然がそのまま残っています。それでもビニール袋、空き缶などのゴミが漂っていて、 折角の素晴らしい世界を台無しにしています。 便利さを追求することによって大事なものを失っているということに気づく必要があります。

マレーシアのサラワク州の森林破壊の現状とブナン族の人々の苦しみを見て、このままではサラワクのジャングルはなくなってしまう、 ブナンの人たちを助けようとサラワクの森林木材の50%が輸出されている日本にやって来たアンニャ・ライトさんという オーストラリア生まれの女性がいます。日本の企業は、安く手に入るからと安易にアジアの木を切り倒すことによって、 そこに暮らしている人々の生活、命を脅かしていることを知らないと言う。 日本の企業がサラワクから切り倒してきた木は、私たちが使い捨てにしている安い家具などに使われている。 私たちの無駄な消費が、海の向こうに住むブナンの人たちの森をなくし、ブナンの人たちの命を奪っていると言っています。
日本をはじめとする森林破壊は、今のこの瞬間にも東南アジアや南米アマゾンの森の中で緑を糧にし、 緑を文化の基盤として伝統的な生活してきた人々の故郷や文化を壊してしまっています。森林を破壊するということは、 森林に住む人たちの生活を奪うだけでなく、地球の温暖化にも拍車がかかることになり、 地球上に住む自分たちの生活をも自分たちで破壊していることになるのです。
先進国では日本がいちばん地球的な環境問題への取り組みが遅れていると思われます。
日本人が変われば、苦しんでいるブナン族の人々を助けることができるんです。私たちが小さなことでもできることから始めれば、 もっともっと世界の熱帯林の状況はいい方向に変わるということを忘れてはいけないと思います。

★ 大事なものを失っている「豊かな」暮らし

現代のように新しい製品が次々開発され、まだ使える勿体ないと思われるものでも捨てて、新しいものを次々と買い換えていける、 ものが「豊かな」使い捨て時代の感性は、人と人との関係を薄れさせ、やがては人間を使い捨てることにもつながっていくのではないだろうか。 自己中心的な考え方の多い現代の「豊かな」暮らしぶりは、欲望が満たされている点だけみれば幸せそうに見えるけれども、 実は人間にとって大事なものを失っている不幸な時代なのかも知れません。これからの福祉社会を考えると 「思いやり」の気持ちを忘れずに、ものの寿命やものの生命を大事に生きていくことがつくづく大事と思います。
一方では世界の何処かで今でも飢えに苦しみ餓死している人々がいるにもかかわらず、 同じ地球上でありながら私たちは食べ物がなくなるなんて考えもせず、お腹が一杯になったら残った料理は捨ててしまい、 お金さえ払えばいくらだって美味しいものが食べられるといった、飽食の極みをつくしています。 地球全体で見れば食糧が足らない訳ではないのに、「豊かさ」が特定の人に偏っているだけの不公平な世の中を作り出しているのです。 強いものが多くのものを手に入れ「豊かさ」を満喫することができるという経済の仕組みの中で、麻痺した感覚のゆがみや、 人間としての退廃が地球を滅ぼす結果につながるものと思います。

★ エネルギーの無駄使いと原子力エネルギーは犯罪

地球の限りある資源を使い放題の現代の生活は、たとえ計画的に使ったとしても、それは未来の人類への配慮ではなく、 結局は有限な地下資源を取り尽くしてしまう単に儲け主義の経済原理であり、今の瞬間さえ良ければそれでいいという刹那主義なのです。
エネルギーの消費量を見ても同じ地球上で暮らしながら、国によってエネルギーが極端に偏って使用されています。 経済活動が盛んな消費大国であるアメリカや日本は、物欲主義のエネルギーを無駄使いする「豊かな」暮らしが、 世界の他の地域の人々の生活を圧迫し、オゾン層の破壊や炭酸ガスの温室効果などによって、 自分たちの地球環境をも確実に壊しているということを、危険な現実として認めなければいけません。
それでは有限な地下資源を使用するかわりに原子力エネルギーの利用を肯定する人がいますが、 原子力エネルギーは大量の放射性物質を作らずに原子力発電を行うことはできません。 その「死の灰」をはじめとする放射能物質というものは長期間、何千年何万年と時間が経たないとその危険性が減っていきません。 いま快適な生活をおくりたいからと電気を大量に使って「死の灰」を大量に作り、 いまそれを自分たちの生活環境の中に放置したら被害が出るからと一生懸命どこかへ閉じこめるだけで、 遠い未来の子供たちに「死の灰」のようなマイナス遺産を残すことは、原発事故が起こらなくても犯罪であると考えないのは、 やっぱり利己主義、刹那主義で、それは犯罪に他ならないのではないのでしょうか。

★ 世界平和への日本の役割と21世紀の私たちの役割

日本は、憲法9条の「平和憲法」の精神に徹し、世界平和のために戦争を全面否定し続ける努力をするべきです。 しかるに現実は、日本の防衛費は年々膨大な額に増大しています。これは今日本を動かしている政治家及び私たちが、 戦後の復興ばかりに目がいって、なぜ戦争をしてしまったのか、なぜ戦争は嫌だからもう止めようと言えなかったのか、 そういった戦争に協力してきた自分たちの罪と責任を深く反省しなかったためなのではないだろうか。
戦後の自分たちに降りかかってきた苦しさだけしか考えず、アジア・太平洋の国々の人々を傷つけた日本の犯罪と、 それに協力した自らの責任を問うことを忘れ、自分たちを被害者としか見ようとしなかった日本人の利己的な ご都合主義の無責任さを恥じる必要があるはずです。その反省心がないから日本は折角「平和憲法」を持ちながら、 平和外交をしようともせず、自分たちの金儲けだけの経済外交ばかりに走り、外国の人々に迷惑をかけていても 平気でいられるのではないだろうか。これでは近隣諸国から反省が足りないといわれても致し方ない。
将来の展望もなく唯々便利さだけを追い求め自然破壊をし続ける日本、未来の人類への配慮もなく有限な地下資源を利用する 単に儲け主義の利己主義な日本、物欲ばかり満ちあふれ自分が生きている今の瞬間さえ良ければそれでいいという刹那主義の日本、 伝統も文化も破壊し自分たちの豊かさだけを追い求める「経済大国」実は「大借金大国」日本、 こんな日本を膨大な額の防衛費をかけた軍備で守る価値がどこにあるというのだろうか。
日本の役割は、たとえ日本が攻められても無抵抗のまま戦争を全面否定するとともに、 世界平和のために人災である戦争に関しては一線を引き支援活動も行わない、 そのかわり天災(地震・水害・干ばつ等)の救助活動には積極的に参加する、そういう日本国平和憲法の精神に徹するべきと考えます。 軍隊を派遣できるように憲法改正など以ての外である。

人は皆、自分は幸せになりたいと生きています。自分が幸せになるためには周りの人たちと共に幸せになりたいと思うべきです。 そうすれば外国の人たちや地球に迷惑となることは、できるだけ避けたいと願うようになるはずです。 私は7年前に20年程吸っていた煙草を止めました。道を歩いている時でも、どうしてもくわえ煙草をしてしまい、 吸い殻のポイ捨てをしていた自分を許せず、思い切って禁煙をしました。煙草の煙が周りの人にどれだけ迷惑を掛けているか 煙草を止めて知りました。皆んなが小さなことでも深く考え、 一人一人ができることから始めることが、必ずや大きな力となり将来の地球に良い影響を与えるものと信じます。


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